大阪高等裁判所 昭和42年(ネ)1593号 判決
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〔判決理由〕控訴人がその主張する餅に関する商標「走井餅」について商標権(A)を、同様の餅に関する商標「走り餅」について商標権(B)を訴外片岡はつと共有することは、当事者間に争なく、右各商標権の内容、権利者、登録日附等が控訴人主張の通りであること及び右(A)(B)商標権につき控訴人が昭和三九年五月七日に登録された専用使用権を有することは<証拠>により認められ、また、控訴人と訴外片岡はつが、右両商標の連合商標として「旧跡走り井餅」を昭和四〇年一月一一日に出願し、同年一二月一三日に商標権として登録(第七二六、八九八号)せられたことは、<証拠>により明白である。被控訴人は、右(A)(B)両商標権は、公知公用の慣用標章に該当し、無効であると抗争するけれども、一旦登録された商標権の無効を主張せんがためには、右登録の無効審判を要するところ、被控訴人が(A)(B)右両商標権につき、慣用商標を登録した点で無効であるとして特許庁に対し、その無効審判を請求したこと、しかし、右事件については昭和四五年一〇月二〇日付を以て、右商標は慣用標章とは認められないとの理由で、請求を棄却する趣旨(「請求人の申立は成り立たない」)の審決があつたことは、当事者間に争のない事実であり、控訴人から、右審決書謄本の送達を受けた昭和四六年二月一〇日以降、おそくとも同年六月三〇日までの間に、東京高等裁判所に対して訴の提起がなかつたことは、<証拠>により認められるから、右審決は、出訴期間の徒過(特許法第一七八条、第三、四項、商標法第六三条第二項)により確定の状態になつたものと推測され、反証がなく、(<証拠>は、この点の反証にならない)、右事実によれば、被控訴人の右(A)(B)商標権についての無効の主張は理由がないこと明白である。
次に被控訴人会社が昭和三九年四月一日に設立されたこと、被控訴人が右設立以後、前記(A)(B)商標の指定商品たる餅と同一性を有する餅を業として製造販売し、これについて「旧跡走り井餅」なる商標を使用して現在に至つていることは当事者間に争がない。そして控訴人は、右被控訴人の使用する商標「旧跡走り井餅」が、控訴人の前記(A)(B)商標権と、要部において類似する点から、右使用が控訴人の右商標権の侵害行為に該当すると主張するので審案する。
この点につき被控訴人は、右被控訴人使用商標中の「旧跡」なる文字は、単に「走り井餅」の修飾語ではなく、これとは別物であることを示す意味の文字であると主張するけれども、被控訴人が右の「走り井餅」に特に「旧跡」なる文字を附するに至つた趣意ないし動機等の主観的事由は如何にもせよ、右「旧跡走り井餅」なる語を客観的(商標は商品の表章として一般顧客から観察されるものであるから、外観上表示のない主観的意図は、斟酌するに由がない)に見るときは、この「旧餅走り井餅」が、「旧跡」の文言のない「走井餅」又は「走り餅」と全く別物、即ち、その名称が附けられた商品たる餅が、「走井餅」又は「走り餅」の名称を有する餅につき、その購買者として通常想起せられる特性ないし特徴を全く有しない別種の餅を指すものとは到底考えられず、その餅は、たかだか通常の「走井餅」又は「走り餅」の一種であることを示す程度の差異を窺い得るに過ぎない。即ち、それは、巷間往々に見られる「元祖○○」「本家○○」など、主体である「○○」を修飾的に区別する用語としての「元祖」や「本家」などの語とほぼ同様の意味を認め得るに止まり、主体「○○」に附加、使用される状況においては、主体である「○○」と同等ないしそれ以上の特異性を持つものとは考えられず、従つて被控訴人主張のような「主体以外のもの」の表示として商標の要部となる文言とは到底解することはできない(現に、被控訴人自身も、被控訴人の製造販売に係る餅が、(A)(B)商標権の指定商品と同一性を有するものであることは、前記の通りこれを認めて争わないところであつて、結局双方の商標の使用されている対象である餅は、商標自体の外観からも、その対象たる商品の実体の点でも、著しい差異は存しないものと考えられるのである)。
従つて、被控訴人使用中の商標「旧跡走り井餅」が、控訴人の前記(A)(B)商標権の示す商標「走井餅」又は「走り餅」と、全く別異の商標であるとする被控訴人の主張は、理由がない。
そして被控訴人の右商標「旧跡走り井餅」と、前記(A)(B)商標権の示す商標「走井餅」及び「走り餅」を彼比対照して見ることにより及び<証拠>を綜合すると、その要部、即ち、その商標の表象する商品の特異性は、「走井餅」「走り餅」「走り井餅」に在つて、(この三語の差異は、単に同一物の名称に対する差異から来た文字表現の差異以上のものとは認められない)、「旧跡」の語は、前段認定の通り、修飾的区別用語の域を出ないから、商標の要部とは言えず、この事実に、控訴人及び片岡はつが「走り井餅」を、前記「走井餅」と「走り餅」の連合商標として、その商標権としての登録が許容された事実を参酌すると、被控訴人の商標「旧跡走り井餅」は、右(A)(B)商標権の保護する商標「走井餅」及び「走り餅」との類似商標に該当する点で、双方に牴触を生ずることは明白であり、従つて、特段の事由のない限り、被控訴人の右商標「旧跡走り井餅」の使用は、控訴人の(A)(B)商標権及び右商標を連合商標とする(C)商標権(その登録が被控訴人の商標使用開始の後であつても、その基本商標に牴触する以上は、現在その侵害になることは同様である)の侵害になるものといわねばならない。
そこで、控訴人の商標「走井餅」及び「走り餅」が、慣用標章(商標法第三条第一項第一号の「その商品の普通名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」、第二号の「その商品については慣用されている商標」、又は旧商標法第二条第六号該当のもの)に過ぎないとする被控訴人の抗弁について判断する。尤も右抗弁の趣旨については、それが、控訴人の右商標は、慣用標章ないし慣用商標であつて、商標権としての効力を持たないもの(即ち、無効の主張、但し、その主張としては、理由がないことは、前段判示の通り)というに在るのか、商標権としての存在は認めても、これとの牴触行為は実質的な違法性を欠く(もし、この主張と見るときは、商標法第三九条によつて準用される特許法第一〇三条が、侵害行為について当然に過失を推定し、従つて反証なき限り違法性を肯定する結果になることが、この主張の支障となることが考慮されねばならない)という趣旨なのか、明らかでないけれども、この点はしばらく措き、先ず事実関係につき検討すると、はじめに、右「走井餅」及び「走り餅」なる名称の由来として、古来、東海道の逢坂山の関所に近い現大津市大谷町内に「走井」なる清水の湧く井戸があり、平安朝の時代には盛んに和歌に詠まれ、その後俳句にも現われる名称になつたこと、右「走井」の井戸の水を用いて製作したとして、その名称を附した被控訴人主張の形状(原判決添付図面表示のもの)の餅が、江戸時代の明和年間(西暦一七六四年ないし一七七二年)に、右走井の近所の茶店で売り出され、同所が東海道五十三次の道中の休憩所に当つていた関係から、江戸時代(尤も中期以降)から明治時代にかけて、東海道の旅人の間に右名称の餅(通例「走井餅」と呼ばれていた様子である)が良く知られるに至り、大津名物の一として、漸次国内に有名になり、明治以降は、前同所のみならず、大津市内の他の場所(国鉄大津駅構内、京阪電鉄浜大津駅前を含む)においても、「走井餅」「走り餅」「走り井餅」等の名称(ほかに、「走る餅」「走れ餅」「走ろ餅」又は「走ル餅」として売られていたものがあつたことは、後記判断の通り)で販売せられるに至つたことは、<証拠>によつて、これを認めるに難くない。しかしながら、右「走井餅」及び「走り餅」なる名称が、被控訴人主張の形状の餅の普通名詞であるとの点については、現在までの状況の下においては、これを肯定するに足る確証がない。即ち<証拠>は「走り餅」の名称は、地名即ち土地自体の名称であると証言するけれども、<証拠>によつても、その中の「走り井」の表示は、地名よりも名所、旧跡(地物を含む)の一種の表示と解するのが相当で、前掲<証拠>はたやすく採用し難く、他に「走井」がそれ自体地名であるとする証拠はない。次に、地名でなく、商品たる餅自身の名称として、「走井餅」及び「走り餅」が、多年に亘り、多数の餅菓子製造業者間で(一般の購買者ないしは広く世人の間での名称の意味として、それが本件形状の餅一般を指す名称として見られる傾向が多少存在するとしても、右の一般人の間の見方のみを採つて、この場合の基準とすることはできない)自由に、前記形状の餅について使用されて来たとの点も、後記認定事実に対照して、たやすく措信し難い<証拠>及び行政指導の立場からはこれを慣用商標として取扱うのが妥当であるとするに止まり(他面、右商標に対する商標権も肯定するとするもの)厳正な事実の報告とは認め難い<証拠>を措くと、他に被控訴人挙示の証拠により認められる事実としては、むしろ、右主張には的確に符合しない下記の事実、即ち<証拠>により認められる和泉ヒサエが「走る餅」又は「走ル餅」と称する類似の餅を売つていた事実、<証拠>により認められる横田竹三郎が昭福堂の屋号で「走ろ餅」又は「走ろう餅」と称する類似の餅を売つていた事実、<証拠>により認められる荻山平一郎が荻の家の屋号で「走ル餅」と称する類似の餅を売つていた事実、<証拠>を綜合して認められる夏川某が前記荻の家と連絡して「走ル餅」と称する類似の餅を売つていた事実<証拠>中、右認定に牴触する部分は、措信できない)が認められるだけであつて、これらの事実、及び<証拠>に徴すると、これらの餅の製造販売業者が、その取扱う商品の名称として使用した名称は、後に控訴人の商標となつた前記の「走井餅」又は「走り餅」と正確に一致することは避けながら、しかもこれと近似したもの、即ち、右名称のうち「走」と「餅」はそのまま利用し、その中間の発音又は文字のみを変更したものを採用するという点で、同傾向の方法を採つており、右はむしろ前記「走井餅」又は「走り餅」の商標の権利者の存在を意識した上で、その者からの非難を考慮した微妙、巧妙な対策であると推定され、前記二つの商標又は名称についての自由な使用とは、およそ正反対の現象と解さなければならない。右以外に、この点の資料としては採るに足りない<証拠>を除くと、被控訴人の主張するような右の二つの商標ないし名称の業者による自由使用の事実を肯認するに足る証拠は存在しない。却つて、<証拠>によれば、近年、「走井餅」と称する餅を製造又は販売しているのは、控訴人以外は、矢部八景堂こと矢部健二、有限会社太湖堂こと田中文夫、風月堂こと小野寺徳蔵(以上大津市)、井口秀四郎(京都府綴喜郡八幡町、石清水八幡宮鳥居前にて、明治四一年開業)の存在が認められるだけであつて、しかもこれらはいずれも、有償又は無償で、商標権利者の許諾を得てこれを行つているものであること、前記の通り、古く明和年間に発売された本件の形状の餅は、井口市郎右衛門又は走井市郎右衛門(但し、「平民」である同人及びその一族が、明治以前に、すでにその「姓」を称していたとの点は疑わしい)が創案したものと伝承され、それより明治時代に至る間は、恐らく屋号として「走井」(又は「井口」)を称する一門がこれを営業として承継して来たものと推測され、明治前後の頃からは、右井口家及びこれと縁組をした片岡家の一族が専ら右営業を承継し、その過程で、井口源兵衛(通称玄平、安政二年生、大正九年死)が明治四二年三月九日に商標「走井餅」につき商標権登録を出願し、同年六月三日その登録を得、その存続期間満了により、次いで井口慶太郎が昭和四年六月二六日の出願に基き昭和六年三月一四日、右同様の商標権登録を得、同様、期間満了後、続いて昭和二六年三月九日本件(A)(B)商標権の登録出願が片岡貞一(同人の妻が片岡はつ)によつて為され、本件商標権が成立するに至つたもので、前記認定のように「走井餅」又は「走り餅」と称する餅が、江戸、明治時代を経て、大津名物として有名になつたのは、殆ど全く右片岡はつに至るまでの井口(走井)家一門の営業継承の成果に由るものであることが推測され、反証がなく、従つて、一般人の慣用による著名化ではないものというの外なく、本件商標「走井餅」又は「走り餅」が不特定多数人が自由に使用し得る意味における商品の普通名詞としての慣用標章であるとか、商品に附された慣用の商標であるとかの主張は、右事実に徴してたやすく首肯し得ない。右主張は、それが、商品名であることに争のない京都の「八ツ橋」、大阪の「粟おこし」、神戸の「瓦煎餅」のように、元来は恐らく商標として出発したものであつても、それが長年月のうちに余りにも著名化して周知せられ、他方これを取扱う業者が増加、分立した結果、或いは商標と商品とが同視され、又は単に右の名称だけでは特定の者だけの取扱う商品としてこれを区別して表示する標章たるの機能を失い、単に同種商品としての一般名称の機能を営むに過ぎなくなつた名称には妥当しても、本件商標はこれと異なり、現在までの段階においては、取扱業者の増加、分立が右の域に達せず、業者をも含む一般世人の間で、商標と商品との混同、同視の状態には至らず、商標が特定業者のみの取扱商品を表示する機能を未だ失わない名称として、即ち商標としての価値を、未だ保有している類いのものと認められる。よつて右被控訴人の主張は、排斥の外はない。そして、類似商標の使用が、少くとも商標権侵害についての過失を推定されることは、前述した通りで、反証はないから、右侵害が違法であることは、いうまでもない。
次に被控訴人は、控訴人は自ら「走井餅」「走り餅」を使用しないで、被控訴人の商標「旧跡走り井餅」の使用を差止めようとする本訴請求は、権利の濫用である旨主張するけれども、控訴人がその有する(A)(B)の商標権に関し、法律上、経済上の利益を何等有しないとの事実は、被控訴人の全立証によつても認められず、むしろ、前段認定事実によると、少くとも右商標権のうち「走井餅」については、矢部八景堂をはじめとする数個の業者に有償、無償でその使用を許諾し、その利益を得ていることは明白であるから、被控訴人の権利濫用の主張は理由がない。
なお、被控訴人の商標「旧跡走り井餅」は、被控訴人会社の商号の主要部分と一致するけれども、右名称を以てする被控訴人会社の設立が昭和三九年四月一日であること、被控訴人代表者尋問結果(原審、当審)によつて認められる被控訴人代表者三上静雄が、被控訴人会社を設立するに先立ち、昭和三二年頃金三万円の対価で向う三年間に、控訴人の商標権に基く使用許諾を得て営業を初めたが、他の業者にも使用許諾が与えられた点に不満を持ち、これらと対抗し、自己の営業を維持する目的から前記名称を採択して被控訴人会社の名称及び被控訴人の扱う商品の名称としたものであることが認められるので、右名称が被控訴人の商号と一致する点から、右名称の商標としての使用の差止を拒否することもできない(商標法第二六条第一項第二号第二項参照)。
そうすると、控訴人が前記(A)(B)(C)商標権に基き、これと類似する被控訴人の商標「旧跡走り井餅」の使用の禁止を求める控訴人の請求は、その理由があるものというべきであつて、右請求を棄却した原判決は失当であるから、これを取消し、右請求を認容すべきものとし、訴訟費用につき、民事訴訟法第九六条第八九条を適用して、主文の通り判決する。
(宮川種一郎 林繁 平田浩)